ヤクルト事業のおいたち
ヤクルトの歴史は、創始者である医学博士・代田 稔(1899~1982)が、京都帝国大学医学部で微生物の研究中に強化培養することに成功した「乳酸菌 シロタ株」(L.カゼイ・シロタ株※)を含んだ飲料を、1935(昭和10)年に「ヤクルト」の名称で福岡県福岡市で発売したことに始まります。「ヤクルト」は、腸内で有用なはたらきをする「乳酸菌 シロタ株」を毎日飲むことにより、人々の健康づくりに役立ててもらうことを願って世に出されました。
戦後、「ヤクルト」を販売する販売会社組織は全国に拡大し、1955(昭和30)年にこれらの組織を統括する機関として、ヤクルト本社が設立されました。
1967(昭和42)年、京都府京都市から東京都国立市に研究拠点を移転し、研究開発体制の強化を図るとともに、はっ酵乳「ジョア」、清涼飲料といった商品の多様化と併せて、化粧品、医療品事業へと経営の多角化を図ってきました。
海外への展開も積極的に行われ、現在28の事業所を中心に39の国と地域で販売されています。
※2020年4月以降は、L.パラカゼイ・シロタ株と分類されています。
ヤクルトの原点
代田 稔博士は、病気になってから治療するのではなく病気にかからないようにする「予防医学」、腸を丈夫にすることが健康で長生きにつながる「健腸長寿」、そのために「乳酸菌 シロタ株」を一人でも多くの人に手軽に飲んでもらいたいという考えから「誰もが願う健康を誰もが手に入れられる価格で」提供することを提唱しました。
ヤクルトではこれらを「代田イズム」と呼び、すべての事業の原点としています。