乳酸菌の

安全性研究所
インタビュー

科学インタビューヤクルト中央研究所

ヤクルト本社・中央研究所には、研究分野や機能に応じて7つの研究所があります。中でも『安全性研究所』はお客さまの「安全・安心」を保証する役割を持つ研究所です。
食品・医薬品・化粧品のすべての素材や製品の安全性を評価し、お客さまの「安全・安心」確保のために研究活動を行っている『安全性研究所』とは、どんな研究所なのでしょうか。所長と研究員にお話を伺いました。

安全性研究所って
どんな研究所?

安全性の評価に特化した『安全性研究所』がどういった経緯で設立されたのか?その経緯を教えてください。

所長はい、私が入社したのは31年前なのですが、その頃にちょうど販売が開始された抗がん剤のカンプト注という製品を、承認申請する段階で、医薬品の安全性を確認する組織をつくろうということになり、そこで安全性研究所がつくられたと聞いています。

それより前から乳酸菌 シロタ株などの食品の安全性を評価する体制はあったのですが、医薬品の申請となるとGLP(優良試験所基準)にも対応できるような組織でないと、ということで現在の安全性研究所の体制が整えられました。また、食品や化粧品の安全性を医薬品レベルで評価できるようになるという点もGLPを目指した理由です。

  • ※GLP(Good Laboratory Practice):非臨床試験において、試験施設(場所)の設備・機器、組織・職員、検査・手順・結果等が、安全かつ適切であることを保証する「優良試験所規範(基準)」

『安全性研究所』はヤクルト中央研究所においてどういった役割を持つ研究所なのでしょうか?

所長ヤクルトが扱うすべての原料や製品に対する安全性を第三者的な独立した立場から評価・判断するのが安全性研究所の役割です。

日本やヨーロッパ、アメリカではそれぞれに安全性評価のためのガイドラインがありますが、それらに従った試験を実施して、客観的な評価・判断を開発部門に戻すというのが基本的な仕事です。

製品を売るメーカーとして一般的には開発部門の力が強くなりがちですが、そこに追従するのではなく、お客さまに本当に安全な製品を届けるためには、第三者的な立場に立って安全性を判断し、だめなものはだめと言うことが必要です。

開発部門とも連携しつつ、独立した立場から厳しく安全性を管理されているということですね。

原料から製品化まで、
すべての安全性を確認

製品を開発するにはまず原料があって、それを加工して製品にする過程、製品化されたものをたくさん製造して市場に流通させる過程、とさまざまなプロセスがあると思うのですが、どの段階から安全性を確認されているのでしょうか。

所長まずは原料の安全性を調査するところから始まります。例えば発酵食品だと、菌自体の安全性はもちろん、発酵した後の食品、製品のプロトタイプに対する安全性評価も行います。そこで問題がないと判断できて初めて、少数の人に飲んでいただく段階に進めます。なので、最初から製品化するまでずっと関わることになりますね。

原料の検査とは、どういったことをするのでしょう?

所長基本的には、原料を提供する会社の規格書に記載されている内容に安全性上問題になるものがあるか否かをチェックします。また、原料提供会社側の安全性試験の結果を見て適切に評価できているかどうかを確認します。

入手先からの情報で規格をクリアしているかどうかをしっかり確認するということですね。

安全性確認において
苦労することは?

乳酸菌が乳酸をつくるなどの変化や、他の成分や菌との組み合わせなど、いろいろなパターンがある中で安全性を確かめるのはとても難しいことのように感じます。

所長そうですね、組み合わせもたくさんありますし、何よりも食品は安全であることが当たり前なので、その中でいろいろなケースを想定して、こういった方に対してはもしかしたら安全ではないかもしれないということを考えながら、最終的な判断をしていくというのは非常に苦労するところだなと思っています。

私はもともと医薬品研究所にいたのですが、医薬品よりも食品の方がいろんな方が口にするので、想定されるケースも複雑になり、大変だと感じています。

薬の場合は化合物で判断できるのですが、食品の、しかも発酵製品となると、発酵によっていろんな物質・成分が生成されます。それぞれの成分一つひとつの安全性を確かめるということは非常に難しいので、製品としてトータルで安全性を評価することになります。

なるほど。食品と医薬品のお話を伺いましたが、化粧品の安全性研究において、難しいところや重要なポイントというのはどんな部分ですか?

研究員化粧品の安全性は、通常の使い方である「正常使用」と、使用時に想定される「誤使用」について、安全性を担保する必要があります。
「正常使用」としては、使用時の皮膚への刺激がないことや、アレルギーを起こさないことなどを確認します。
「誤使用」としては、洗顔時にうっかり目に入ってしまう場合などにも重大な問題を起こさないことを確認します。
これらの安全性を考える上で、まずは製品を構成する原料が安全であることが重要ですが、化粧品の原料には、粘性が高いものや水に溶けにくいものなど、さまざまな性質を持った原料があるので、それをどのように細胞を使った試験に適用すればいいかというのはなかなか苦労する部分です。

細胞を使って安全性を確認されているのですね。

研究員そうですね、化粧品開発において、動物実験を禁止する動きは多くの国と地域に広がっています。このような状況から、日本でも、多くの企業が動物実験を廃止していますが、当社も同様に、化粧品研究における動物実験を廃止しています。そのため、主に細胞を使った試験により安全性を確認しています。

その細胞というのは、どういう細胞なのですか?

研究員評価する安全性の項目によって、さまざまな細胞を使用します。例えば、免疫に関わるヒトの細胞に化粧品の原料をかけたときの変化を見ることで皮膚に塗ったときにアレルギーが起こらないかを確認したり、ヒトの皮膚に近い構造を持った三次元培養表皮モデルを使って皮膚に刺激性が出ないか確認したりしています。さまざまな細胞を用いた複数の試験を行うことで、いろいろな観点から安全性を確認しています。

細胞での実験は、動物実験に比べて遜色ないデータが出るものなのでしょうか。

研究員はい、安全性評価に使用している試験法は、国際的なガイドラインに収載されているものを用いており、動物の実験データと比較して、ほぼ一致した結果が得られることが確認されています。
また、試験法を安全性評価に使用する前に、ガイドラインなどに指定される物質を評価し、正しい実験データと判定結果が得られることを確認して正しく試験が実施できることを確認しています。

安全性研究所では人に使用する前の段階の原料や製品について安全性に問題がないか確認しています。安全性に問題がなければ、次の段階であるヒトでの安全性試験に進めるようになっています。

そこは食品も同じですか?

所長そうですね、飲用試験をする前に安全かどうかを確認できないと次の段階には進めません。

人の皮膚に使用したり、飲用してもらったりというような次の段階の試験は安全性研究所で行うのでしょうか。

所長安全性研究所では、人での試験の前段階までを担当します。人での試験は製品開発に携わる部署が担当しますが、必要に応じて人での試験のデータを確認したり、話を聞いたり、連携は常に行っています。

企業での研究の先には
必ずお客さまがいる

もともとはどのような研究をされていたのでしょう。就職にあたってヤクルト本社に興味を持たれたきっかけやポイントについてもお聞きしたいです。

研究員大学では皮膚のアレルギーの研究をしていましたが、ヤクルトには免疫や腸内細菌、プロバイオティクスの研究で数多くの優れた研究成果を挙げていたこともあって、すごく興味がありました。

大学での研究と企業の研究だと異なる部分も多いと思うのですが、その違いや、企業で研究することの醍醐味はありますか?

研究員大学だと自分の自由な発想でテーマを決めて研究できますが、企業はやはり商品を販売することが目的なので、商品を開発するために、またはその商品開発をバックアップするためにどのような研究をするか、ということが一番求められているところが大きな違いかなと思います。企業での研究の醍醐味としては、やはり自分が携わった製品が実際に販売されるという点があります。

それは大きな醍醐味ですね。所長はいかがですか?企業で研究することの面白さや、研究所を束ねる立場としてのご苦労などお聞きしたいです。

所長入社当時、私は医薬品研究所にいて、抗がん剤の副作用である下痢がどうして起こるのか、どう防ぐことができるかをずっと研究していました。

企業の研究というのは、その先に必ずお客さまや患者さまがいます。お客さまや患者さまにとってどういうメリットがあるのかを意識しながら進めることが絶対条件で、興味本位で横道にそれていくようなことはないですね。そこがやはり企業の研究と大学の研究の一番の違いかなと。

大学だと研究費を集めないといけないですし、最新のものに取り組んで、注目を集めるものを一生懸命やるという方向になります。企業は最新を追いかけることももちろん重要ですが、製品化となるともっと地味な作業になります。必要なことを地固めして最終的に製品にしていくことが重要なので。

安全性研究所もそうですが、目立たない、地味な作業に従事する部署の人たちは日の目を見ないことも多いです。でも、苦労して、そういったものが製品につながったときは非常にうれしいなと思います。

プライベートでも
成分が気になる?

研究から離れたプライベートな時間でも、例えばサプリメントや薬や、化粧品の成分など気にしてしまう、なんてことはありますか?

所長海外とかですごく大きい錠剤があったりすると、こんな大きさでちゃんと胃の中で溶けるのかな、ちゃんと吸収されるのか、体に役立つ形なのかなって、そういうことは気になりますね。

それは面白いですね。やはりお客さまにとって役立つかどうか、飲みやすさ含めて気になってしまうということですね。他に普段の生活の中で、ついつい仕事のことを考えてしまう瞬間はありますか?

研究員他社の化粧品で、どのような原料が使われているのかなというのは気にしますね。乳酸菌やビフィズス菌を使った商品も、どのような菌を使っているのか、ヨーグルト以外にどのような形態の商品があるのか気になります。

安全性研究所の
これから

今後、この安全性研究所における夢や目標、やりたいことなどありますか?

研究員そうですね。当社の商品の安全性については、これからもお客さまに信頼していただけるよう、しっかりと評価していかなれければならないと考えています。こうした安全性評価に加えて、今後は、iPS細胞などの最新技術を安全性に応用して研究を行うことで、より高い安全性をもった商品を開発できるようにできればと考えています。

最後に今後この研究所の方向性について教えてください。

所長プロバイオティクスはこれまでは主に健康な人向けの製品が多かったのですが、有益な効果が注目され、患者さまや乳児など、体の弱い方にも使用される機会が増えています。さまざまな健康状態の方に、プロバイオティクスを安心して利用いただけるような提供方法の検討が重要な課題だと感じています。

もちろん、プロバイオティクスは基本的に、大腸菌のO157などのようにすごく悪い反応を起こすものではないのですが、それでも免疫が弱っている時だと悪いことが起こるのではないかと心配されるお客さまも多いので、安心してもらえるような情報を提供できる研究を行いたいです。

安全性を確認できて、患者さまや乳児にも安心して利用していただいて、QOLの改善につながっていければいいなと思っています。

非常に貴重な話をいただきました。ありがとうございました。