乳酸菌の

微生物研究所
インタビュー

微生物科学インタビューヤクルト中央研究所

ヤクルト本社・中央研究所にある7つの研究所のうち、『微生物研究所』は微生物の研究に特化した研究所です。研究だけでなく、微生物の収集や種菌の供給も行っています。
高品質・高機能なヤクルトの製品づくりを支える微生物研究所について、研究員にお話を伺いました。

微生物研究所って
どんな研究所?

微生物研究所というのは、どのようなことをされている研究所なのでしょうか。

研究員微生物研究所は、微生物に関する基礎から応用まで多岐にわたる研究に携わっています。その中で、私が微生物研究所の特徴の1つと感じるのは、微生物自体の特徴を解明することに着目した研究テーマが多い点です。

微生物研究所以外の研究所でも腸内細菌の特徴や人にとって微生物が有益である理由などさまざまな視点から微生物の研究をしていますが、微生物研究所では、微生物の新たな価値や特徴を見出す、すなわち微生物自身が主役の研究テーマに多く取り組んでいます。
また、製品を製造するときの元となる始まりの菌、種菌というものがありまして、これを高い品質で維持するための試験や技術の開発も主要な業務の1つです。

その他にも、当社オリジナルの微生物を有用な活性を残した状態で粉末状に加工する技術である菌末化に関する研究や新たな有用な微生物の利活用促進、所内の微生物に関連する情報を全所員が活用しやすい形で資源化(データベースを作成)する業務など、応用に近い研究課題にも取り組んでいます。

自然界にはまだ発見されていない乳酸菌が数多くあると言われていますが、微生物研究所では新しい乳酸菌を発見していく取り組みもされているのでしょうか。

研究員はい、多様なリソースから微生物を収集・資源化し、ヤクルトオリジナルの微生物資源の利活用を促進するための研究も実施しています。

まだまだわからない
ことの多い乳酸菌

微生物研究所で、どのようなお仕事をされているのですか?

研究員私自身は乳製品製造工程の改良を目指したプロジェクト研究の中で、主に乳酸菌 シロタ株の生理機構についての基礎研究を担当しています。

「ヤクルト」をはじめとする乳製品を製造する際、乳酸菌 シロタ株は、乳の中で栄養素を消化したり取り込んだりして増殖するのですが、実はその詳しいメカニズムは分子レベルではまだまだ分かっていません。

栄養素には窒素や炭素、ミネラルなどいろいろなものがあります。菌はそれぞれの栄養素を分解したり取り込んだりする際に菌体の表面に発現するたんぱく質を使っているのですが、どのたんぱく質を使っているのか、さらにそれらのたんぱく質の詳しい性質などわかっていない部分が多くあります。

それは、乳酸菌が糖を分解して乳酸を生成するプロセスとはまた違うものなのでしょうか。

研究員乳酸は、菌のエネルギー源となるATP(アデノシン三リン酸)を作るために乳酸菌が糖を分解する経路で生成されるものですが、私が研究対象としている窒素源はアミノ酸の供給源であり、乳酸の生成経路には直接的な関係はありません。ただし、乳酸が多く作られるかどうかは、菌の増殖に必要な材料が糖以外にも十分にあるかどうかが影響します。そのような意味においては、乳酸を作ることと窒素源は完全に無関係ではないんです。

研究はいつから、どのように開始されたのでしょう?

研究員5年前、このテーマに取り組む以前に担当していたテーマから着想を得ました。乳酸菌が栄養素である窒素源を取り込む機構を解明できれば、乳酸菌 シロタ株がどのような窒素源を好んで利用するのかが分かるはずです。そうすれば、乳酸菌の増殖を促進させる新しい培養技術や、乳以外の材料を使った製品の提案といった新しい乳酸菌 シロタ株の活用法に結びつくのではないかと考え、提案しました。アイデアを研究テーマとして成立させるために、上司や先輩とのディスカッションを重ね、研究の方向性やヤクルトで実施する意義を肉付けしていき、研究を開始しました。

乳製品以外での活用法も考えられるのですね。乳酸菌はどれも同じように乳の中で増えているのだと思っていました。

研究員乳酸菌の中には、乳以外の環境でもよく増えるものがいます。増えるのに最適な環境は多様で、菌の種類ごとに異なります。さらに、同じ乳酸菌でも環境の違いによって発揮できる能力が変わってくることも知られており、このことは、乳酸菌 シロタ株にも当てはまります。

興味深いですね。そういった視点から乳酸菌 シロタ株についてどのような研究テーマが考えられるのでしょうか。

研究員そうですね。例えば、培養の条件を工夫することで、乳酸菌 シロタ株のストレスへの耐性を高めたり、菌の寿命を長くしたり、人にとって有益な物質の産生を促進したりといったことが目指せるかもしれないと考えています。実際に、微生物研究所ではすでに一部の関連する現象に着目した検討を進めています。

強い乳酸菌
シロタ株と、
今も息づく医学博士・
代田 稔の想い

代田博士が強化培養された乳酸菌 シロタ株は、胃液や胆汁といった、菌にとっての脅威に耐えうる強い菌ですが、普通の菌だと耐えられない環境で乳酸菌 シロタ株が生き抜くことができるのはなぜなのでしょうか。

研究員乳酸菌 シロタ株が生きたまま腸に到達する理由を説明する根拠の1つとして、LCPS-1という乳酸菌 シロタ株の表面にある多糖が酸や胆汁から乳酸菌 シロタ株を保護することが発見されました。本知見は、微生物研究所の成果として、2024年に論文発表されました。

代田博士から始まり、連綿と続いている微生物の研究を行う微生物研究所は、ヤクルト中央研究所の中でも、一番のコアとも言えるのではないかと思います。代田博士の哲学や想いは、研究所の中でどのように息づいていると思われますか?

研究員代田の想いは「世界の人々の健康を守るため、乳酸菌 シロタ株を一人でも多くの方に届けたい」というものです。この想いは研究テーマを考えるうえでも意識しています。
例えば私が携わっている研究だと、窒素源を最適化することで培養方法を改良して生産効率を高めることや、乳以外を材料とした新しい乳酸菌 シロタ株を使った製品を提案することが実現できれば、今までよりも多くの方にこの菌をお届けできるのではないか、とは考えていますね。

微生物はワクワクする
研究分野

微生物の研究を仕事にしたいと思われたきっかけは何だったのでしょう。

研究員微生物は、ワクワクするようなテーマがたくさんある研究分野だなと思いました。菌って、菌ごとに本当にいろんな能力があるんです。

ワクワクというのは、微生物研究のどういった部分に対して感じるものなのでしょうか。

研究員例えば製造工程の改善を目的とした研究であっても、得られた良い結果(現象)のメカニズムを突き詰めていくと、菌の生存戦略の一端を垣間見ることができます。
小さな菌がどういう工夫をして、限られた資源(栄養)を使い、自身が置かれた環境の中で生き抜いていこうとしているのかを、うまくデータで説明できたときに、すごくワクワクします。

本日は貴重なお話をありがとうございました。